遺産分割前の預貯金の払戻し

どなたかが亡くなると、自動的に相続が開始します。「相続開始」といいます。亡くなった人のことを被相続人といいます。そして、被相続人はたいてい金融機関に預貯金の口座をお持ちです。

口座の名義人が死亡したことを金融機関が知れば口座は凍結され、相続人の誰かが自分の相続分だけでもお金を引き出すことができませんでした。

ですから、葬儀に使う現金などが必要であれば、銀行などに相続開始の事実を知らせる前にお金を引き出しておくということがよく行われていました。ルール違反だとは思いますが、事実上、悪事を働いているわけではないし、そうしないと無用な混乱を引き起こすでしょうから、金融機関でも気を利かせて黙認していたのだと思います。

昔の昔の方法

預貯金は、被相続人の死亡と同時に法定相続分に応じて当然に(遺産分割協議をしなくても)法定相続人のものになるとされていた時代があります。この分け方を「当然分割」といいます。昭和29年(西暦1954年)からそのようになっていました。

しかし、はじめに書きましたように、法的には当然分割でも、実際には相続人が集まって遺産分割協議をおこない、預貯金をどのように分けるか話し合ったり揉めたりしていたのです。

 

法的には当然分割なのですから、相続人は被相続人の預貯金について自分の法定相続分にしたがって支払いを請求できるはずです。しかし、金融機関ではトラブルに巻き込まれることを避けるためだと思いますが、法律の定めにしたがわず、相続人全員の同意がなければ払い戻しに応じないのでした。

遺産分割について、当事者だけで協議がまとまらなければ家庭裁判所の調停や審判によるのですが、法律では「当然分割」なのですから「預貯金が遺産分割の対象」にはならず、遺産分割調停で預貯金の分け方を話し合ったり、遺産分割審判で預貯金の分け方を決めたりすることができない(例外はあったようですが)という不思議なことが起きていました。

そこで、家庭裁判所では「相続人全員の合意があれば、預貯金も遺産分割の対象に含めることができる」という運用していたのでした。

昔の方法

そしてやっと平成28年(西暦2016年)、最高裁決定によって、相続された預貯金債権は遺産分割の対象財産に含まれることとなり、共同相続人が単独では(ひとりでは)自分の法定相続分でも払戻しができなくなりました。

これで「昔の昔の方法」のように法律と異なることを普通におこなったり、無理に理屈をつけたりする必要がなくなりました。

ところが、被相続人の口座は死亡すると凍結されてしまうので、たとえば亡くなった人の配偶者が生活費を引き出せなくて困るとか、マイナスの財産(負債)を相続した場合に弁済する費用が出せないとか、葬儀のための現金が出せないなど不便なことが多かったのです。

令和元年7月1日から

遺産分割前の預貯金の払戻しについて、令和元年7月1日から以下の2つが認められます。

1,一定額であれば、相続人のうちのひとりでも払戻しが認められる。次のように計算できますが、150万円が限度です。

   (相続開始時の預貯金の額)✕(3分の1)✕(払戻しを求める相続人の法定相続分)

2,家庭裁判所が仮払いの判断をする。

一般に、裁判所が決めてもらえば何でもできるので、上の2番は当然です。大切なのは1番です。これで法的にも、現実的にもかなり良くなったでしょう。しかし、数字を覚えておくのがたいへんかもしれません。

専門家に依頼すると

相続の手続きは当事者でできます。葬儀や相続手続きは、共同相続人のうちの誰かが積極的にやってくれるとスムーズに進みます。そういう面倒見の良い人がいてくれると楽です。そういう人が相続人を代表して手続きしてくれると助かります。

しかし、相続人の間で疑いや不信が生じると、誰かが不当な手続きをするのではないかという気がしてきます。誰かを代表にするという話があっても、その人に印鑑証明書を渡したり、個人番号(マイナンバー)を渡すのは心配だということになるかもしれません。そういう場合こそ専門家に依頼するとよいでしょう。【印鑑登録証明書の悪用が心配】もご参照ください。