自筆証書遺言

遺言書を作成することになったら

遺言書の作成相談があった場合、たいていは公正証書遺言をご紹介します。最終的に公証人が作成する権威ある遺言書だからです。遺言書の効力発生にあたって(つまり相続開始時に)、家庭裁判所に提出して検認手続きをする必要がありません。

もっとも、検認手続きというのは、非常に簡単で安価です。裁判所に提出するというと特殊な手続きのような印象を受けるかもしれませんが、自家用車の車庫証明を警察署に申請する程度の感覚だと思います。

公正証書遺言ですと、戸籍謄本が必要だったり、公証人役場に利害関係のない2名の証人に来てもらって印鑑を押してもらうなど、手続きも厳密であり、手間もかかります。「証人」は利害関係のない人でなければなりませんから、いくら日頃、介護などしてもらっているお子さんでも「将来、相続人になるであろう人」は証人になれません。おそらく知り合いでもない人が望ましいのではないでしょうか。

証人を見つけられそうもない場合や身近な人に遺言書のことを知られたくない場合は行政書士が手配しますが、自筆証書遺言ならそのような心配は一切ありません。

公正証書遺言は、公証役場にいきなり出向いて作成するのではなく、行政書士等が遺言者の意向を聞き取り、法に沿って原案を作成したのち、公証人と連絡を取って、必要書類を揃えて、さらに内容を検討するのが一般的です。

そうでない方法もありますが、手続きというのは「一般的な方法」でするのが無難です。無難なやり方をするのは、トラブル防止のために役に立つことが多いです。公証人と行政書士の両方に料金をお支払いいただいていますが、これが最も安全・確実な方法でしょう。

自筆証書遺言も利点がいっぱい

それに対し、自筆証書遺言は、遺言者ひとりでも作成できます。用紙も自由、認印でもOK、というものです。何度でも、いつでも書き直すことができます。

しかし、法で定められた形式と必要事項を必ず記入していないと、最悪の場合は「無効」となります。たとえば、作成日付を「平成22年11月吉日」というのは無効だとされています。

公正証書遺言で必要とされる各種の証明書類も不要です。証明書類を集めているうちに、自分が遺言書を作成しようとしていることが知れてしまう場合があります。身近な人が知ったなら、「遺言書を作成するということは、内容はきっと△△△だろう。」と推測できる場合が多いので、内容を明らかにしていないし、相続が開始したわけでもないのに、その時点で親子・兄弟姉妹の間で問題が生じることもあります。ですから遺言書を作成するなら、ぜひ自筆証書遺言にしたいという方がおられます。

日付の「おかしい」自筆証書遺言は有効か

自筆証書遺言で心配なのは、無効になったりしないかという点でしょう。自筆証書遺言の場合、

  • 自書(自筆)
  • 日付
  • 署名
  • 押印

は重要とされています。よく、これらのうちのひとつでも欠けると無効だと大雑把に説明されます。

「平成20年4月1日」と書くべきところ、「平成20年4月吉日」は無効という判例があります。しかし、「還暦の日」「銀婚式の日」は、作成日(遺言成立の日)が特定できるので、有効と解されるとのことです。

遺言成立の日を特定するのは、

  • 1,遺言時に遺言能力があったかどうかを判断するため
  • 2,内容の異なるいくつもの遺言書がある場合に、それらの有効性を判断するため

といわれています。そうしますと、

  • 1,身近な人たちや医師の証言があれば、遺言時の遺言能力を否定できる(遺言書が無効になる)
  • 2,日付がなくても、その遺言書の作成日が確定できれば、有効となる

ことになります。上記1番、2番ともかなり困難と思われます。
ただ、2番の「作成日が確定できるなら有効」というのは参考までに知っておくとよいのではないでしょうか。

ただ、年月までしか書かれておらず、日にちの書いていない遺言書をめぐって訴訟になるほどですと、無効の判決がでるようです。余程のことがないと「有効」とはならないのでしょうが、日付について争いがないとか、訴訟をするまでもなく明らかであれば、とりあえず有効と解してもよいのかもしれません。

また、作成した日が実際の日付より何年もさかのぼっていると無効とされた判例があります。
将来の日付が書いてあるものも、無効とされるのではないでしょうか。

一方、勘違いで、日付を書き間違えたときは、記載内容などから真実の作成の日が容易に判明するなら、日付が誤っているからというだけで無効とはしないという判例があります。しかし、重要な遺言書の日付を間違えるということが、そもそも判断力を疑われかねません。

遺言書の形式が厳格なのは、「正しく状況判断をし、それに基づいて自ら遺言書で意思表示をした証」となるからであろうと思います。きちんと判断できるうちに、妥当な内容を、法で求められる形式にしたがって書き記してください。そうでないと、遺産分割協議のときに相続人たちが苦労します。

自筆証書遺言の印(印鑑)

自筆証書遺言には押印しなければなりません。(押印の習慣のない外国人の場合に例外が認められることがあるようです。)この場合の印鑑は、実印である必要はありません。いわゆる三文判でもよいのです。

印鑑が手元にない場合に、世間一般で、拇印で代用することがあります。自筆証書遺言の場合も、拇印でよいとされているようです。しかし、なるべくそういうことはやめて、一般的なやり方をしておいてください。

拇印が本人のものかどうかは、本人の指紋と照合しなければわかりません。自筆証書遺言相続人が見たときに、その拇印をどう判断すべきでしょうか。

自筆証書遺言に押す印鑑は、百円ショップで売っている三文判でもよいのですから、もともと押印自体に大きな意味はないのだと思います。ですから、拇印が押してあれば、おそらく本人のものなのだろう、という程度と思われます。

証拠性というよりも、書面を作成するときの「しきたり」なのではないでしょうか。自筆証書遺言という重要な書類を作成するのですから、「しきたりはしっかり守ってください。」「しきたりの守れない人の書いたものは、その内容も信頼性に欠ける。」という判断だと思われます。

自筆証書遺言の様式に不安があれば専門家にご相談ください。
ちなみに、印鑑でなく拇印を使ったなら、なぜ拇印にしたのかを付記しておく工夫もよいでしょう。
ハンコ・印鑑等については【ハンコのことなど】をご参照ください。

しかし、大切なものには「実印」だと考えている人が多いので、実印を用いたほうが無難でしょう。「実印」とは、簡単に言うと、印鑑登録証明書とセットで考える印鑑(ハンコ)です。また、私は「実印を一生使い続けない」ことをお勧めしています。成人式のときに立派な印章・印鑑・ハンコを贈られ、これを一生使う人がおられるようですが、これでは各種の登録に使う「パスワード」を一生変更しないようなものだと思います。

自筆証書遺言を「左手」で書いたら

ここでは、「右利き」の人が、自筆証書遺言を、わざわざ「左手で書いたら」という意味です。左利きの人が、右手で書いた場合も同じことです。
そんなことをする人は普通はいませんが、「自筆」の意味を考える上では役に立つ知識です。

遺言書には、公正証書遺言秘密証書遺言自筆証書遺言などがありますが、自筆証書遺言が最も簡便です。費用がほとんどかからず、いつでも自分の都合の良いときに作成できます。その分、要式(遺言書作成のルール)が重視されます。

自筆証書遺言というくらいですから、自筆、つまり自分で書かなければならないのであり、たとえ一部分でも自筆で書いていない箇所があれば無効となると思われます。(多分、無効ですが、いかなる場合も絶対に無効」とは言い切れませんので、「思われます」とか「考えられます」と書いています。法律では、他のことでも同様ですが、思わぬ所から疑義が生じ、最終的に裁判所に判断してもらうしかないということはよくあります。)

「自書する」とは、自分で書きさえすればよいのかというと、そうでもありません。遺言者自身の自書が要件とされているのは、遺言書の筆跡によって遺言者自身が書いたと判定できるようにするためです。

ですから、「右利き」の遺言者が、「左手で自書」したり、故意に筆跡を変えて書いたりした場合には、自筆証書遺言と認められないこともあるかもかもしれません。そもそもそのようなことをしたら、「この遺言書は、自分が本心で書いているのではない。」というメッセージとも受け取れるでしょう。

契印がないと無効か

契約書などを作成し、それが数枚に及ぶ場合、次の用紙と重なるように印鑑を押します。3枚の契約書の2枚目だけ差し替えられては困りますから。

しかし、自筆証書遺言の場合、遺言書の用紙が何枚になろうと、押印は一箇所でよいのです。契印も不要で、編綴等も不要です。

とはいえ契印するのもよいかもしれません。常識的に考えるとその方が無難のような気もしますし、契印をしてはいけないという法律もないからです。

訂正印がないと無効か

自筆証書遺言の中で、書き間違い箇所を訂正した場合、どこを訂正して、何文字加入・削除したかを記載して署名し、さらに訂正箇所に印を押さなければなりません。

もし、その箇所に印を押し忘れるとこの遺言書は無効になるのかということですが、有効です。ただし、この場合、訂正がないものとして有効となる(訂正しなかったものとされる)とされています。

ですから、自筆証書遺言の場合、書き間違えたら、全部書き直しましょう。

老齢のため長い遺言書は書けない

遺言書をいつか書こうと思っているうちに、10年や20年はすぐに経ってしまいます。体力も落ちるでしょう。判断力はしっかりしているけれども、字を書くのが疲れて仕方がないような場合、誰かに手を支えてもらったり、書き始めの位置に筆記具を動かしてもらう程度の手助けは受けてもよいようです。(手を支えてもらって文字を書く場合、筆跡の判断はできるのでしょうか。)

しかし、誤解のもとになりかねませんから、遺言書は、気力・判断力・体力のあるうちに書くことを強くお勧めします。

なぜ相続人が揉めるのか

相続人が揉める一番の原因は、遺産相続で「不公平感がある」場合です。前妻と後妻がいて、その両方に子供がいるとか、同じ立場の子供でも育てているときに、お金のかかり方が違うでしょう。すべてを総合して「公平」になるようにするにはどうするのか。相続人それぞれが違う意見を持つかもしれません。

そのような場合に、第三者に同席してもらって冷静に協議するとか、書面のやり取りによって協議をするのはとても有効だと思います。

遺言書を「手紙」にする

遺言書は、形式が厳密なだけに、法律文書のように堅苦しい内容になりがちです。しかし、法で定められたルールをクリアーしていれば、何をどのように書いても自由なのです。

遺言の付言事項といって、遺言書を書いた理由とか、遺産相続についてなぜこのように書いたのかを自由に、いくらでも書くことができます。そうすると、この遺言書の結論を読んだ相続人たちが、不公平な遺産相続のように感じたとしても、この「理由」に納得すると争いは激減すると思われます。

もっとも、相続人たちが納得するように書かなければ意味がありませんが、これが自筆証書遺言のメリットだと思います。

遺言の付言事項をどのように書いてよいかわからなければ、お話を伺って原案をお作りします。その原案を読んでみると、訂正しり加筆したりするアイデアが湧いてくると思います。

自筆証書遺言の勧め

遺言者の判断力がしっかりしていて、相続人を納得させるような遺言書を書くことが出来ればよいのですが、書き方に困っている場合、行政書士が内容を聞き取って、自筆証書遺言を作るお手伝いができます。
公正証書遺言より、好きなだけ長く書くことができ、書類を集める必要がなく、費用が抑えられる点と、証人を集めなくてよいというメリットがあります。

遺言書を作成するときに「書類を集めるのが大変なので、つい、先延ばしになる」ということがあります。書類を集めなくてよければ書きやすくなりますが、内容を間違えないようにご注意ください。内容を間違えると遺言書の内容が無効になることがあります。その場合も、極力無効にならない工夫も可能と思われます。

大切なのは保管方法

公正証書遺言と違って、公証役場に保管してくれるとか、公証役場に照会すると全国の公証役場にその人の遺言書がないかどうかを調べてくれるというようなことがありません。遺言書の保管には気をつけましょう。証券・通帳類と一緒にしておくとか、保管場所を特定の人に知らせておくとよいでしょう。ただし、貸金庫に入れてしまうと、貸金庫を開けるのに相続人の同意などが必要になるのでとても不便だろうと思います。誰か(たとえば「跡継ぎ」「跡取り」になる人、その遺言書によって最もメリットのある人など)に預けるのもよいでしょう。

(2020年7月からは、自筆証書遺言書の保管制度もあります。)

検認手続きは

自筆証書遺言の場合、開封等する前に、家庭裁判所に提出して「検認」という手続きを受けなければなりません。これは専門家に依頼するまでもなく、非常に簡単な手続きで、料金もトータルで数千円でしょう。一般に、家庭裁判所へ行く場合には事前に電話連絡して、用意するものなどをきちんと聞いておくとスムーズに進みます。裁判所の窓口の担当の方がわかりやすく説明してくれると思います。

検認手続きは、本人が書いたかどうかの確認や、内容の妥当性等に一切関係ありません。ごく大雑把に言うと、家庭裁判所で、相続人たちに自筆証書遺言のあることを知らせて、遺言書の開封後に改変がなされないように自筆証書遺言のコピーをとって保管するだけという大変シンプルな手続きです。(遺言書は必ずしも封筒に入れる必要はありません。)

法的に整ったものがきちんと書けるならば、公正証書遺言より、自筆証書遺言の方が便利でメリットも大きい場合もあります。