持戻し

持戻し特別受益

持戻し」「持戻しの免除」という場合、前提として「特別受益」があります。
特別受益持戻しは、主に遺産相続遺産分割協議で問題になりますが、「持戻しの免除」はどちらかというと遺言書との関連が強いと思います。寄与分の問題とも深く関係する場合があります。
持戻しの免除は難しい問題を含んでいることが多いですから、手続きが簡単とはいえ、十分にお気をつけください。専門家と十分に相談することをお勧めします。)

持戻しについては、相続遺産分割協議としても遺言書の書き方の説明としても重要です。

子供への資金援助など

相続開始後の遺産分割ですが、人情としても法的にも、なるべく公平になるように、というのが基本的な考え方でしょう。単に金銭的に公平なのではなく、親に面倒をかけた子には少なく相続させ、何事もなく順調に育った子には相続分を多くするなど、相続分に差を付けたいと思うかもしれません。

このときに、親子・兄弟姉妹の歴史が一気に吹き出します。

私立学校へ通ったか公立学校だったかによって、養育費はかなり違うでしょう。

体が弱くてトータルすると多額の医療費がかかっている子がいれば、体が弱くて遊びに行く機会が少なかったので遺産くらいはたくさんあげて、今後の人生を楽しませてあげたいと思うかもしれません。

結婚相手の家柄と釣り合うように式の費用を援助してあげる場合もあるかもしれません。新婚間もない子には何かと生活費を援助するかもしれませんが、資産家と結婚した子にはそれほどあげないかもしれません。

過去だけでなく、将来のことも考えなければなりません。大企業に就職して給料をたくさんもらっている子の心配はしなくても、リストラに遭って自営業を始める子には資金援助をしたくなるでしょう。その資金援助と同額を、有名企業の子にもあげなければならないでしょうか。
有名企業もいつ倒産するかわからないし、リストラをするかもしれませんから、その時に備えて、同額を相続させるべきでしょうか。

財産を遺す方の事情もあります。社会保障があてにならないので、多くの人が老後の心配をしています。自分の面倒を見てくれる子には、何かと便宜をはかるでしょう。旅行の費用を出してあげるとか、車を買い換えるときにはいつも費用を出してあげるなど、さまざまです。子が親と一緒に住む予定で大きな家を建て、その費用の大部分を親が出すということもよく聞きます。

このように相続開始前に、子どもたちにいろいろと何かをあげています。法的に贈与とみられるものがかなりあります。考え方によりますが、相続開始前に「遺産の相続分を前渡し」しているようなケースもかなりあるのです。

資金援助の場合

相続人が、長男の甲と次男の乙だけだとします。
長男の甲が自営業を始めるというので、父親のAさんは甲に開業資金として2千万円援助したとします。この「援助」というのは、たいていお金ができたら返すとか、数年後から毎月いくらずつ返済するという形のようですが、実際は、貸付金なのか「あげた」のかわからないようなものもよくあります。

父親のAさんは、心情的には「あげた」と思っていたので、Aさんは遺言書に、

「私が死亡したら、私の財産はすべて次男の乙に相続させる。」

と書くと、公平でしょうか? ここでは、Aさんが死亡時に持っている財産を2千万円程度だということにしておきましょう。

Aさんが長男の甲に渡した金銭は「特別受益」といってよいでしょう。それなら、Aさんが亡くなって相続開始すると、特別受益にあたる分をAさんの相続財産に含めて計算します。ですからAさんの相続財産は4千万円程度ということになります。

そこで、Aさんは公正証書遺言で、

「すべて次男の乙に相続させる。」

と書きました。遺言書の形式も内容も法的にはまったく問題ない遺言書です。

私のサイトで、他の箇所にも似たようなことを書きましたが、ここからが問題なのです。
長男の甲が、

「それでは僕がもらう分は何もなくて、乙が全部をもらうことになる。」

と主張するとどうなるでしょうか。
一方、乙の言い分は、

「甲がすでに2千万円もらっているのだから、ぼくが残り全部をもらってちょうど公平になる。」

ということです。
しかし、Aさんは、

「私はAの開業資金としてすでに2千万あげた。あげたものはあげたのであって、あげたものを返せとなどと理不尽なことは言わない。たとえば、昨日、友人にお昼をおごってやったとする。今日になって、やっぱり昨日おごってやったお昼を返してくれなどとみっともないことは言わない。男に二言はない。甲は、すでに開業資金として2千万を使った。要するに、あげたものはあげたんだ。それなのに、甲が、相続財産を平等に分けようというなら、甲は相続開始時に私が持っている2千万円から、さらに半分もらうつもりか。それでは、甲が3千万、乙が1千万となる。甲には開業時に援助してやったのに、強欲にもほどがある。私は絶対に『乙に全額を相続させる』と遺言書に書いておく。」

と断固とした態度です、
さて、このA・甲・乙という3名の家族のやりとりで、何が問題でしょうか。
こういうときは専門家に相談してもらうとよいのですが、なかなかご相談に来ていただけません。特別受益については【特別受益】をご参照ください。

事情をお話しいただければ、これはきちんと解決できるでしょう。結局どのようにしたいのか、法的知識の問題か、それともA・甲・乙の3名に、それぞれ別の思惑があるのかによって話はまったく別のものになります。

Aさんが遺言書で、「すべて次男の乙に相続させる。」と書くのはまったく問題はありません。専門家に依頼すれば、普通はもっと細かな書き方になると思いますが、大筋で問題はありません。

遺言書は生前に作成しますから、相続開始時に2千万円あると思っていた財産が1千5百万円になっているかもしれないし、2千5百万円になっているかもしれません。
長男の甲は、Aさんから援助された2千万円を、1千5百万円に減らしてしまったかもしれないし、2千5百万円に増やしているかもしれません。
これをAさんは、各自の「運」と「才覚」として、考慮しないことにしたとしても、それはAさんの考え次第です。

特別受益持戻しの免除

民法の規定に、被相続人持戻しの免除をすることができると明確に規定しています。被相続人の最終意思と、共同相続人遺産分割協議で決めればよいことですが、決まらなければ、法の規定によることになります。

相続人のひとりが、被相続人の老後の介護などをよくしてくれた場合に、その人への感謝の気持ちを込めてかなりの額の金品をあげることがあります。そして、その労をねぎらうためにあげたのですから、相続開始時に返さなくてよいと考えるのは当然ともいえます。これを「特別受益持戻しの免除」といいます。

持戻しの免除の仕方

特別受益は、「相続分の前渡し」のこともありますが、そうでないこともあります。

たとえば、長男は高校を卒業してすぐに働き、次男は私立大学の医学部を卒業して勤務医をしているとします。
次男にはかなりの学費がかかっています。長男には「学費」のかわりとして開業資金をあげたということなら、次男の学費も次男への援助もほぼ同等で、どちらも返還不要と考えているのかもしれません。
養育費などは明確に算出できませんし、親の考え方もさまざまです。(大学の学費は、自分でアルバイトをしながら支弁しなさいという親もいますし、教育費は大学卒業まで親の義務のようなものであると考える親もいます。)

相続人は、生前に自分の財産の使い道・処分方法を最終意思として指示しておくことができます。持戻しの免除にもあてはまります。つまり

  • 返還しなくてよい
  • 相続財産に含めないでほしい
  • 特定の子にあげたのだから、遺産分割で他の子と分けなくてよい

ということができます。このことが条文ではサラリと書かれていて、実務上は大きな問題となることがあります。
最初にあげた例では、父親のAさん、長男の甲、次男の乙という3名の思惑や勘違いなどが混ざっていることがあるので、遺産分割協議が難航する可能性があります。

このようなことは、意見の不一致が表面化してから対処するのではなく、予防するのが一番です。彩行政書士事務所では、遺言書を工夫したり、あらかじめ手続き・準備するなどいくつかの方法を考えています。特別受益など心当たりのある方は、ぜひ一度ご相談ください。

持戻しの免除と遺留分減殺請求との関係

相続人を保護する遺留分制度というものがあります。
持戻しとは、そもそも相続人の間の公平を図るものです。持戻しの免除の意思表示があっても、遺留分制度を優先させ、他の相続人遺留分を侵害されれば、遺留分減殺請求ができるとされているようです。

(※ 遺留分減殺額請求は法改正されました。2019年7月1日からの遺留分侵害額請求をご参照ください。)